本当は、知っていた
彼が、苦しんでいること
毎日の日課。
ひとつ、朝ごはんを食べること。
ひとつ、アルバイト先に行くこと。
ひとつ、…あの人に逢うこと。
「あ、おはようございます」
「よぉ、おはよう」
彼は、万事屋の坂田銀時。
いつも少し眠そうな顔で、ベランダから顔を出す姿を見ることが、楽しみで。
些細な挨拶の遣り取りだけで、一日幸せな気分になるのは、きっと…。
(好き、なのかな…)
風にそよぐ髪。
白い肌。
着崩れた衣服。
長い指。
そのすべてが、心に強く、残っていて。
忘れられなくて。
「あ、あのっ」
部屋へ戻りかけていた彼を呼び止める。
昨日決意したことを、今日は、ちゃんと告げようと。
「今日、縁日があるんです。私、そこで手伝いをするんですけど、搬入に時間がかかりそうで…」
「あぁ…今日だっけか。そうだよなぁ…鉢植えは重たいもんなぁ」
「そ、そうなんです。だから、お金はちゃんと払うので、お仕事、依頼しても大丈夫でしょうかっ」
(い、言えたっ)
本当は一人でも大丈夫なのだけれど。
少しでも接点を持ちたくて。
だから、これは我侭で。
また夕方に、と手を振る彼の姿に、ほんの少し心が痛む。
* * * *
夕方、店の前で準備をして待っていると、彼がやってくるのが見えた。
ほんの少し、笑みを浮かべて。
「あ、ありがとうございます。すみません、お忙しいのに」
「ん? 大丈夫だって。で、これ? 運ぶのって」
準備した鉢植えを、ワゴン車に積み込む。
運転は不安なので、彼に任せることにして。
「晴れてよかったな。客も多くなりそうだ」
「そ、そうですね」
狭い車内に二人きり。
(緊張する)
あっという間に着いてしまって。
鉢植えを並べるのも手伝ってもらって。
それで、終わり。
「ありがとうございました。帰りはきっと大丈夫なので」
「ん、わかった。またな」
ひらひらと振られる手。
そして、離れる後姿。
別に凄く親しいわけではないから、引き止められなくて。
これ以上我侭も言えなくて。
(痛いなぁ)
また明日からは、いつものように挨拶を繰り返すだけ。
それだけ。
途切れない客足に、出来るだけ丁寧に対応をしながら。
さっきの彼の手の白さだけを思い出していた。
* * * *
見せ場の花火も終わって。
終わる間際に一騒動あったようだけれど、実はよくわからなくて。
沢山あった鉢植えもちゃんと売れて。
どうしても出てしまったゴミだけを片付けていた時。
背中から声を、掛けられた。
「坂田さん、まだいらしたんですね…って、その手…っ」
彼の手は血に滲んでいて。
とても痛そうに見えて。
けれど、痛いのはその手の傷ではなくて。
心の奥なのだと、瞳が揺れていて。
「あ、あの、手当て、しますから」
いつ、どんなときに怪我をするかわからないので、救急箱は常備してある。
中身を確認し、消毒をする。
傷薬を塗って、包帯を巻く。
白い包帯の奥から滲む血の色に、ほんの少し眩暈を覚える。
「悪いな」
声の暗さに、驚く。
いつもの彼とは違う、声の色に。
だから、聞けなかった。
その、深い傷の理由を。
「あの、送ります…」
「ん…サンキュ」
帰り道もずっと沈黙で。
もう、あんな風に声を掛けてもらえないかもしれない。
そんな風に、感じた。
* * * *
翌朝、いつものようにアルバイト先に向かう。
(今日は逢えないかも知れない)
心は痛むけれど。
昨日のような彼の哀しみに比べたら、きっと、違う。
自分のは、ただの我侭だから。
「よぉ、おはよう。今日は早いんだな」
「…お、おはようございますっ」
見上げると、いつものようにベランダに立つ彼の姿。
その口元には笑みが浮かんでいて。
けれど、その瞳はほんの少しだけ、翳りがあって。
それでも自分には、笑みを向けてくれて。
「あの、手は…」
「ん? あぁ、こんなのすぐ治るって」
丁寧に手当てしてくれたからね、と更に深まる笑みに、頬が赤くなるのがわかる。
きっと、誰にも言えない傷を、沢山抱えているのだろうけれど。
それを今、表さないのは、まだ自分がそれだけの仲だからで。
だから、いつか…。
(ほんの少しでいいから、彼の傷が癒えますように)
それを向けられるのが、自分であればいいと。
密かに、願う。
幾つもの昼と夜とを越えて。
いつか、その隣に立てるように。
支えることが、出来るように。
【Fin.】
後書
いつもお世話になっている林志乃さまリクエストの、
銀さん夢でございます
夢というか。。。なんと言うか
単純にヒロインの名前が出ていないだけ、という(苦笑)
こ、こんな感じで宜しいでしょうか…(びくびく)
2008/04/20 Wrote
2008/05/22 UP
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