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One Melody



意識の奥底で
旋律が聞こえた
遠い昔に
耳元で聞かされた、旋律
柔らかな、温かい
たったひとつの、旋律



* * * *



「…あ」
「どうしたんさ」


急に立ち止まった自分を心配したのか、ラビが振り返る。
雪深い山の中。
今朝まで滞在していた村は既に遠く離れ。
木々の合間から微かに教会の屋根の先端だけが、垣間見える。
自分たち以外に人間はおらず。
ただ、目的とする場所にいるだろう存在を目指すだけ。
そのはず、だった。


「今、何か聞こえませんでしたか」
「アレン?」


耳に届いたのは、どこか懐かしい音。
どこで聴いたものか思い出せないけれど。
確かに、耳にしたことのある、音。


「大丈夫か、アレン。俺には何にも聞こえないさ」


訝しげなラビの声。
その合間に、確かに聴こえる音。


「すみません。急ぎましょう」
「あ、あぁ」


心の奥がざわめく。
急がなければならない。
そんな気がして、ならない。
聴こえてきた音は、人の声だったから。
それも、少し哀しそうな。
AKUMAは、哀しいヒトを捜すことがとても上手だから。


(もう誰も犠牲にはさせない)


イノセンスを発動させつつ、感じた気配の元へ、足を急がせる。
振り向かないけれど、ラビも同じような気配を感じたのだろう。
足音が早くなる。


(間に合って、くれ!)



* * * *



急に広がる視界に、咄嗟に瞼を伏せる。
そこは、広い花畑と、広い空が見える場所だった。


「あ…」


花畑の中央に、人型に姿を変えたAKUMAと、一人の女性が座っていた。
奇妙なことに、女性が襲われている気配は無く。
AKUMAは女性の傍らに横たわり。
女性は笑みを浮かべながら歌を口ずさみ。
それはとても、仲睦まじい様子に見えて。


(あ、この歌)


ずっと、聴こえていた音だ。
それは、優しい子守唄だった。
恋人が安らかな眠りを保てるように。
そっと、囁くように。
その様子に、呼吸を潜めて、姿勢を落とす。
できるだけ、見つからないように。


「ラビ、どうしたら…」
「どうしたらって、決まってるさ。AKUMAなんだろう?」


AKUMAはヒトを襲うから。
哀しい痛みに耐え切れず、存在を変えていくから。
だから、そうなる前に、救済を与える。
自分がしてきたことを、ここでも同じように繰り返せばいいだけだ。
それが躊躇われるのは、あまりにも二人が幸福そうに見えるからだ。


「そこにいるのは、だれだい」


軽やかな青年の声が、耳に飛び込んでくる。
こちらが様子を伺っている間に、二人は自分たちの存在に気付いたようだった。


「あぁ、エクソシスト、でしたか」
「…えぇ」


いつの間にか青年は立ち上がり、歩みを進めてきた。
心配そうに見つめる女性を置いて。


「随分、遅かったんですね。待っていたんですよ」
「どういう、ことですか」
「理由はひとつ。僕を解放してください」


そっと女性の方へ視線をやる。
その唇はもう、歌を奏でてはいなかった。
ただ、哀しそうに微笑んでいるだけだった。



* * * *



「なんだったんだろうなぁ」
「そうですね」


なんとなく後味の悪さを覚えながら、帰りの汽車に揺られる。
AKUMAはもういない。
そして、哀しそうな表情を最後まで絶やさなかった女性も。


「AKUMAが自分で自分のボディに宿り、恋人の元へ帰る、か。そんなことできるんだな」
「…伯爵の気まぐれでしょうけれど」


人の哀しみを増幅させる為ならば。
AKUMAを増やす為ならば。
どんなことでもするのだろう。
死した魂が、AKUMAとなって、自分の体に蘇る。
破滅は避けられないのに。
それでも恋人の元へ戻りたいと。
それだけで。


『最期に一目、逢いたかっただけなんです』
『一時でいいから、もう一度同じ時間を共にしたかったんです』


さようなら、と囁き合った恋人たち。
青年が姿を消した後。
女性は、森の奥へ姿を消し。
そして、聴こえてきた銃声。


「どこまでも、哀しいですね」
「そうだな…でも、それがAKUMAさ」


ラビの言葉に、肯定も否定もできなくて。
窓の外へ視線をやった。
遠くに見える深い緑の森に、思い出す。
最期に二人が声なく囁いた、言葉が耳から離れない。



『――ありがとう』



【Fin.】



後書


何が書きたかったかと言うと。。。
伯爵ってやっぱり非道よね。。。というお話
蛇足ながら付け加えますと、
青年は生前に予約電話をしていたんです


。。。やっぱり蛇足でしたかね。。。



2007/09/20 Wrote
2007/09/23 UP
2008/03/17 再UP



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7-mori eyelid (©) Midori Yuki
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