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黒蝶幻夢



雨の中
舞う、黒い蝶



<1>



私は酷く、嘘吐きだ。
とても欲しいものがあるのに、欲しくない振りをする。
そうして勝手に傷付いて、周囲を困らせるのだ。
目下のところ、私によって多大なる迷惑を被っているのは、不器用な青年が一人。
彼にとてもよく似ている青年は、いつも私の心を晴らし、そして曇らせる。
とても大胆で。
とても繊細で。
視線だけではなく、心も奪われた。
その強さに惹かれた。
その弱さに心が痛んだ。
強くなりたいと言う彼の望みを叶える術を、私は知っていた。
けれど、それはとても危険で。
もしかしたら命さえ、落とすかもしれなくて。
彼は、躊躇わなかった。
家族を守る為に。
強さの上に強さを重ね。
人として、有り得ないほどの力を、手にした。
自身の為ではなく、他者の為に。



<2>



夢はいつも、私を打ちのめす。
助ける価値のない者が、ここに在ると、痛感させる。
白い天井は、牢獄のそれではなく。
犯した罪を、思い起こさせる象徴。


(雨の日だった)


愛しい人を、手に掛けた。
赦せなかった。
息をすることさえ、我慢がならなかった。
大事にしたかったのに。
壊したのは、自分自身。


(血潮が温かく)


震える口からは、細い喘ぎしか発せず。
認めたくないと、心が叫んでいて。


(徐々に重たくなる躰)
(ありがとうと囁く声が痛かった)


あの人は、楽になる為に。
利用したのかも、しれない。



<3>



あの日から凍て付いた私の心。
何にも心を動かされることもなく。
期待されることもすることもなく。
ただ、与えられる任務をこなしていた。
そんな、ある雨の日のこと。


(笑い声だ)


子供が、いた。
明るい笑みを浮かべ、母親の手を引いて歩いていた。
とても、慕っているように見えた。
大切なのだろう。
瞳が、そう告げている。
絆という名の縛り。
私にはそれは重く、時に手離したくてたまらなくなる。
けれど、あの子供には、無くてはならないものなのだろう。
羨ましいと少しだけ、思った。
視線を逸らした先、虚の姿を、見た。
恐ろしくて足が竦んだ。
その隙に、子供が飛び出した。


(あ…っ)


血に染まったのは、子供の母親だった。
虚は既に消え、辺りは血の匂いと雨の匂いで。


(い…やだ)


思い出す。
遠い、夢。
繰り返し見た、悪夢。
抜け出せない闇。
子供の涙を直視することもできず、再び心を閉ざした。
何もかもを、捨ててしまえたらいいのに。
現実も。
夢も。
過去も。
――未来も。



<4>



心の瞳が、開いた瞬間、見たもの。
それは、心から赦した者の存在。


(あれほど来るなと…)


哀しむ振りをして。
けれど、心から悦びの声を上げる。
醜い。
どれだけ多くの血を流せばいいのか。
どれだけ多くの涙を見れば、気が済むのか。
心の奥の欲は深く、果てがない。


(よかった)


生きていて。
息をしていて。
温もりさえ感じられる距離に、一瞬でも居ることができた。
その瞬間に、命を落としてしまっても、構わないと思えるほど強く。
激しく、願っていた。


(これでもう、何も思い残すことはない)


奇妙な安堵感。
彼の背後に忍び寄る影さえ見えず。
ただ、その光だけを求めていた。


(いつでも、この命投げ出せよう)


この命はいつからか彼のもの。
自分のものでは、ないのだから。
狂刀に身を任せた瞬間から。


蝶が、舞う。



【Fin.】



後書


懐かしいものが出てきました
これは、メルマガ(廃刊済)にて発表したものでしたが
反応が薄かったので、HPにはアップしていなかった作品です
この度、小説の部屋を大改装しましたので、せっかくだからアップしてみました


。。。ど、どうでしょう?



2007/03/29 UP
2008/03/17 再UP



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7-mori eyelid (©) Midori Yuki
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