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bitter coffee



朝のひと時。
たまの休日と、大切な約束。
本当ならゆっくりしても問題ないはず、だったのに。


「…やば」


決して、忘れていたわけではない。
忘れようものなら、約束の相手がどんな勢いで怒るかよく知っているから。
けれど、こんな日に限って祖父からは頼まれごとをされるし。
携帯は部屋に忘れてしまうし。


(言い訳無用、だろうな)


大人しい顔をしていて、案外意固地で。
誰にでも優しくて、友達も多くて。
容姿も悪くないから、男女問わず、絶えず人に囲まれて。
昔から、変わらない。


(いらいらする)


不安で仕方がなかった。
彼女の周りにいるどんな人間も、追い払いたくて。
自分だけが特別なのだと思いたくて。
閉じ込めてしまいたくて。


(気が狂うかと、思っていた)


学校での姿。
アルバイト先での姿。
両方の自分を知るのは彼女だけで。
自分だけが、全てを曝け出しているのに。
彼女は、そうではなくて。


(きっともう、おかしくなっていた)


大切にしたいものが多すぎて。
手放したくないものが多すぎて。
だからあの冬の日。
諦めることを、選んでしまった。


(だけど、すぐ気付いた)


彼女が誰よりも何よりも大切で。
だからこそ、手放してはいけないことに。


(あんなにいやだったのに)


誰かに心を奪われること。
誰かに心を揺さぶられること。
誰かに心を預けること。
許容できたのは、全部、彼女の為に。


(きっと想像がつかない)


再会したばかりの自分には、きっとわからない。
時を重ねた今だからこそ、わかる。
喜びも悲しみも、全て積み重ねて。
全て昇華して、今があること。


「悪い、遅れた…」


やっとの思いで待ち合わせをしていた喫茶店に入ると、何かを企んでいるような笑みが返ってくる。


「30分、ね…ふぅん。…飲む?」


にこやかに。
どこまでも、にこやかに。
差し出された紅茶カップ。
中身はまだ、ほとんど残っている。
なのに、それほど熱くもない。


(…なんだ)


けれど実際喉も渇いていたから、一口で飲みきる、と。


「甘っ!!」
「私を待たせるからよ」


想像を絶する甘さが口の中に広がる。
その甘さが、彼女の静かな怒りを表しているようで。


(…怖い、かも…)


伝票を自分に向けて放り、颯爽と歩いて行く後姿に、大人しく付いていくことしかできない。
どうやって機嫌を取ればいいだろうかと思案していると、振り返った彼女が耳元で囁いた。


「ねぇ、瑛」


それは、特別な響き。
彼女だけが、与えてくれる言葉。
それだけで、すべて赦された気持ちになる。


(涙が出そうだ)


だから、お返しに耳元で囁く。


――スキダ


【Fin.】


後書代わりの戯言


sweetだから、bitterという、なんとも安直なタイトルですが(笑)
面白いのは作品のどこにも、珈琲を飲む場面が無いことですね


あぁ、それにしても、大変に楽しかったですv



よろしければ、ご感想などいただけましたら幸いですv


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2008/08/11 Wrote
2008/01/01 UP




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7-mori eyelid (©) Midori Yuki
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