Index  Menu  Main  Novel(SAIYUKI)  Novel(WJ/GAME)  Novel(etc) 

優しさの路・声



1.



最後の別れは、改札越しの喧嘩だった、だなんて。
笑い話にもならない。
でも、それが本当。


『必ず帰るから』


そんな、優しい声を聞かせないで欲しい。
当ての無い約束を期待するには、もう疲れてしまった。
思えば、彼との出逢いから今まで、良いことがなんてあっただろうか。


(いっつも怒ってるしさ)


好きだと言ったのも自分。
付き合って欲しいと言ったのも、キスして欲しいと言ったのも。


(抱いてくれたのだって、俺が『お願い』したからだ)


淋しくてどうしようもない夜に電話を掛けるのも。
寝る前最後のメールも全部全部、自分からで。
彼から何かしてもらったことなんて、無い。


(三蔵は、俺のこと本当に好きだったのかな)


義理とか、断れなくて仕方なくとか。
そういった、何かの事情があったのかもしれない。


(俺ばっかりが好きでさ)


彼のことは、何も知らない。
名前と、年齢と、携帯の番号と、住んでいる家と。
本当に僅かなことしか知らなくて。
だから、あの時も、突然のことで驚いてしまった。


『イギリスに行くことになった』
『…は?』
『仕事だ。向こうの支店を一つ任されることになった』


その時初めて、彼の仕事を知った。
たくさんのグループ会社を持つ大会社の重役。
日本だけではなく、世界に支店を開き、実績を残すこと。
それが彼の役職。


『どれくらい…?』
『1年か…2年か。軌道に乗るまではわからん』
『そう…』


涙が零れそうだった。
実際、瞳はもう潤んでいて、視界がぼやけていた。
彼の顔が良く見えなくて。
それがまた、悔しくて。


『必ず帰るから』


そんなに優しい声を聞かせないで。
小さい子供を、宥めすかすような。
似合わない声を、出さないで。



Back Next
7-mori eyelid (©) Midori Yuki
inserted by FC2 system