あの日からずっと大切にしていた
そして、形に囚われていて
大切なものを見失いかけていた
◇ ◆ ◇ ◆
「どうしよう」
いつもの習慣で耳に手を当てる。
右耳に、いつもなら感じられる冷たい金属の感触が、ない。
外した覚えはない。
落とした覚えも無い。
慌てて鏡を見る。
けれどそこにあるのは、小さな雪の結晶だけ。
「…どうしよう」
彼はきっと、怒らない。
怒らないだろうけど、何も言わないだろう。
言わないからこそ、優しくて、そしてとても傷つくことは目に見えている。
(あぁ、時間が)
そろそろ出ないと、約束の時間に間に合わない。
そんなぎりぎりの時間まで捜して、結局片方だけ身につけて、家を出る。
心もとない気持ちになるのは、何故だろう。
普段は気にも止めないささやかな輝きなのに。
「三蔵、遅れてごめんっ」
駆け寄り、息を整える。
沈黙が怖くて、下を向いたままでいる、と。
「悟空」
声を、掛けられて。
差し出された手のひらの中に、失ったはずの銀色の十字架が。
「…え」
「この間泊まりに来た時に…」
それ以上は、言わない。
でも、思い出す。
甘い吐息と。
熱と。
痛みと。
(そういえば)
あの時、右耳に一瞬の痛みが走った。
けれどあまり気に止めることもなく、ただ、熱に溺れたのだ。
「あの、とき?」
「セーターに引っかかっていたのを今朝見つけた」
「そ…か」
漏れる、安堵の溜息。
付け直しながら、笑みを浮かべる。
もう、朝の不安などどこにもない。
「俺ね、不安だったんだ」
大切なものを失ったことで。
絆も証も、失ってしまったと。
本当はそんなことを思うだけでも無駄なのに。
心は、変わらないのに。
「ごめんな、三蔵」
(モノに頼りすぎた。だから、気持ちも見失ってしまった)
「不安にさせて、ごめんな」
「別に、構わん」
行くぞ、と手を差し伸べられる。
温かくて、強い、その導きがなければ。
きっともう、息も出来ない。
(好きだよ)
そっと、心の中で呟く。
【Fin.】
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さて、【†偲†】シリーズです
これは、杏寿さんとメールの遣り取りをしている時に思いついたものです
が、私のほうで送信したメールの保存に失敗しまして…き、記憶の勝負…orz
これは悟空Sideですが、ご希望があれば三蔵Sideも…考えてみようかな♪
是非感想宜しくです!
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作成:2006/02/27
HPUP:2006/05/28
HP再UP:2008/03/11
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