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活字を追い、恋をする



1.


Side:S


少し前から、自分がどこかおかしい人間だと言うことは気づいていた。
誰かを好もしいと思っていても、それ以上は進まない。
笑ったり怒ったり、涙を流すことも、まともに出来ない。
それは、他人に対する接触嫌悪症と極度の異性恐怖症に起因するのかもしれないけれど。
そうかといって、同性愛者であるというわけではないことは、自分が一番良く知っていた。
恋愛が全てではないけれど、誰かに心を預けられないのも淋しい。
そう思い始めたのは、いつからだったか。
人間に対して興味を抱かなくなった頃からだろうか。


「先生、今回から新しい担当になりますので」
「あぁ、聞いている」
「我侭言わず、ちゃんと今まで通り仕事してくださいね」


微笑みながら何を考えているのか分からない彼を見ていると、まるで映りの悪い鏡を見ているような気分になる。
彼もまた、他人には理解しきれない闇を抱えていると以前に言っていた。
自分の心を表す術を知らないから、それを押さえ込むことしか出来ないと。


『もうそれがないと、生きている感覚がないんですよ』


優しさも、癒しもいらないと、その瞳は告げる。
確かにそうかもしれない。
自分も、彼も、わかりやすい救いなど必要としていない。
そんなもの、この世のどこにもないのだと。
ずっとそう、信じていた。



Side:G



彼の書く文章が好きだった。
今思えば、一目惚れだったのかもしれない。
心に突き刺さるような、叫び。
けれど静かな、怒りを含んだ光。
どんな人だろうと思っていた。
ずっとずっと、彼のことだけを考えていたのだ。


「孫さん、でしたね。今度から玄奘先生の担当についてもらうことになりました」


優しい声で告げられた内容は、最初ちゃんと理解できなくて。
じわじわと、わかる頃には、歓びに心が震えていた。
彼の傍にいられる。
彼の文章に、誰よりも早く触れることができる。


「はい、わかりました」
「しばらくは僕も一緒にいますから、わからないことがあったら何でも聞いてくださいね」
「ありがとうございます」


深々と頭を下げる。
もう少しだ。
もう少しで、彼に逢うことができる。
夢にまで見ていたのだ。
彼の、深い哀しみは、どこから来ているのだろうと。
いつか逢えたなら、聞いてみたいと。
ずっと願い続けてきたのだから。



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7-mori eyelid (©) Midori Yuki
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