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Rain



雨の夜に限って彼を抱くようになったのは。
温もりが欲しいからでも、雨の記憶を忘れたいからでもなく。
ただ、傍にいたかったのだと告げたら、いったいどんな顔をするだろうか。
三蔵はため息をつき、窓の外を見た。
雨が振り続いている。
雨は、記憶の底に封じ込めたはずの真紅を思い出させる。
一面に広がる真紅。
落ちない染み。
どこまでも深い闇。
光の差し込む隙もないほど。
痛々しい闇。
救われたいなどと思ったことはない。
ないが、自分にとって彼は、悟空は救いだった。
差し伸べた手を、本当は恐れていたのだと告げたら、どんな顔をするだろう。
あの真直ぐな金の瞳を。
本当はずっと恐れていたのだと。
いつ、離れたいと言われるのかと。
本当は、自分はずっと臆病で。
彼が言うように、光輝くような存在ではないのに。
なぜ彼はあんなにも眩しいものを見るように自分を見つめるのだろうか。
いたたまれなくて。
だから、言葉もなく、無理やりに抱いているのかも、しれない。
なにを望まれているのかわかっているのに。
なにも、告げることができないのは、やはり弱さだろうか。
それとも、自分が人間だからだろうか。
――認めたくなどないのに。


* * * *




「ねえ、三蔵。覚えてる?」


密やかな闇に囁かれる声。
覚えているのかと、この場合悟空が聞いているのはおそらく始めて彼を抱いた日のことだろう。
覚えている。
忘れるはずがない。
雨の夜。
雫の音を打ち消したくて。
無理やりに抱いたのだ。
抵抗らしい抵抗もせず、じっと自分を見つめていた金の瞳。
叫び出しそうになる声を必死にこらえるさま。
しなやかな身体、真紅の痕を残す白い肌。
それらがとても印象的で。
忘れることができなくて。
手に入れたいという欲望とすべてを壊したいという欲求。
大切にしたい。
けれど、無茶苦茶にしてみたい。
どこまでいけば、自分は止まるのだろう。
止めてほしかったのかも、しれない。
けれど彼はなにも言わないから。
――繰り返し、過ちを犯してしまう。


「寝てるの?」


金の視線が落ちる気配が伝わる。
すべてを赦すような。
なぜ、この存在が自分の傍にあるのか。
伝えたい想い。
けれど今は、雨に消えて欲しいと願う。
伝えることは、弱さと同じだから。


* * * *




『本当にわからなかったのか』


触れ合う温もりで伝えていると思っていた。
微塵にも気づかれていないとは考えもしなかった。
伝えたくなかったのではなく。
伝わっていると思っていたから。
言葉は惑わされるから。
行為が、彼を傷つけているとは考えもしなかった。
半月、彼に近づくことをやめた。
これ以上彼を傷つけたくないと思い。
同時に、自分も傷つきたくなくて。
なんて、弱いのだろう。
強くなりたい。
強くありたい。
なによりも、だれよりも。


――彼に守られてばかりではなく、守るためにも。



「三蔵。あのさ、俺…」


手にしていた書類が落ちるもの構わず、腕を引き寄せる。
軽い身体。
思ったよりもずっと華奢な、それでいてだれよりも強い存在に。
そっと、口づけを落とす。
これで伝わればいいと願いながら。
足りないのは強さ。
目に見えない気持ち。
痛みよりも温もり。
雨の夜に、もう真紅は現れないだろう。
きっと、この金の瞳が消してくれるだろうから。
その、確かな存在で。
大切だから。
告げる。
耳もとで。
――愛しいという想いを。



【Fin.】



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2008/03/20再UP



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7-mori eyelid (©) Midori Yuki
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