闇のなか。
しとしとと振り続ける雨の気配を打ち消すように、三蔵は自分を抱いた。
それは、いつものことで。
もちろん身体は痛かったけれど。
それよりも心のほうが何倍も痛かった。
そうして三蔵が自分を痛めつけているようにも見えて。
――とても、痛いのだ。
「寝てるの?」
止まない雨の気配。
窓に映る、顔。
金の瞳。
どころどころに紅の印の残る白い肌。
近くにいるということはこんなにもつらい。
なにもできないでいて。
この身を差し出すことしかできない。
(うまくいかない)
なにもかもが。
足りなくて。
身動きがとれない。
思わず、ため息がもれる。
悟空は額の金環に手をやった。
この枷があるから、三蔵は自分を必要とするのだろうかと。
そんなことを考えながら。
* * * *
「どうした」
「三蔵さ、俺のことどう思ってる?」
それから数日経ったある夜。
痛みしか感じられない行為。
時節は梅雨に入ったせいか、なかなか雨は止まない。
雨の夜にばかり繰り返される行為。
空虚なまま抱かれることは、つらい。
そこに愛などというものはなくていい。
憎しみでもいっそ構わない。
せめて、なにか言葉がほしいと。
――願ってしまったのは、いけなかったのだろうか。
ため息をつく気配に、悟空は身をすくめた。
なにか、いけないことを言っただろうか。
今まで通り、なにも感じていない振りを続けていなければならなかったのだろうか。
「お前、気づかなかったのか」
「え」
「雨の夜、お前を抱く意味に、お前は本当に気づかなかったのか」
見上げた紫暗の瞳がどこか傷ついて見えるように感じたのは、気のせいだっただろうか。
* * * *
『本当にわからなかったのか』
痛々しい紫暗の瞳が心に残って、悟空はなにも言うことができずにいた。
雨の日に触れ合うことすらなくなり、半月。
なにもなく。
何事もなく。
静かすぎるほどしずかに日々は過ぎていた。
意味を考えてみる。
温もりと痛みのわけ。
紫暗の瞳が傷ついていたわけ。
それは、もしかしたら。
(同じ、なのかもしれない)
自分のこの想いと。
三蔵が、雨の夜に限って自分を抱く理由と。
少しもずれてなどいなかったのかも、しれない。
自分が勝手に思い込んだだけで。
「三蔵」
職務を夜まで続ける姿を愛しく思う。
真直ぐに前を見つめる紫暗の瞳を愛しいと思う。
時折苦しげに外を見つめる姿を、守りたいと思う。
間違ってなどいない。
この想いは本物。
手を差し伸べたのは三蔵。
その手をとったのは自分。
変わらぬ想い。
雨の夜だけでは、ないのかもしれない。
「あのさ、俺…」
想いを告げることから始めたら、もしかしたら雨の夜は痛い想いをしなくてもよくなるかもしれない。
紫暗の瞳が近づくのを見つめながら、悟空はそっと微笑んだ。
【Fin.】
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2008/03/20再UP
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