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1000の言葉



運命なんて言葉は信じていなかった。
扉が開いた瞬間、どんな言葉でも語り尽くせない奇跡があるのだと知った。



―Goku side―



「ありがとう。また、逢えるといいな」


楽しみにしている、と微笑むだけで目の前の客は大抵破顔する。
見なれた行動、飽きた光景。
生活と友情のためでなければ、こんな仕事はとっくに辞めている。


(でもオーナー怖いしな…)


都内の某所にひっそりと位置するあるクラブは、あらゆる客の要望に応えられるように、客の性別を選別しない。
その代わり、客の質にはこだわっている。
ホスト、ホステスが接する客は決して一様ではない、というのが、ここ、『ウエストヘヴン』の特徴だ。


「なに暗い顔してんだよ、悟空」
「悟浄」
「そうですよ。悟空が暗い表情をしていると、僕まで哀しくなります」
「八戒…」


悟浄と八戒は悟空の友人だ。
八戒は生活のためにここで働いているのだが、悟浄は働く八戒に一目惚れをして店に勤めるようになった、という変わった経歴の持ち主だ。


「なんでもないよ。大丈夫」


笑って、ごまかす。
周囲を見回すと、薄暗い店内に広がる密やかな空気。
一時の、鑑賞の時。
夢とも幻とも思える、時間。
幸福を与えるのが自分達の仕事だ、とオーナーは告げる。
幸福がどのようなものなのか悟空には理解できない。
自分はかつては、幸福だったのかもしれない。
だが、一切の記憶を失っている以上、それは今の自分には関係のないことだ。
理解できないことを、しなければならない。
それは苦痛の他にならない。


「悟空?」
「八戒、そんな顔しなくていいよ。心配いらない…」


心配いらないから、と続けるつもりだった言葉が、途中で途切れる。
その視線が、入口に固定される。


(だれだろ)


目を離すことができない。
なんてきれいな金の光。
なんて、きれいな人だろう。
すらりと高い背、白い肌、きれいな金色の髪、なにより目を引くのは暁の、紫暗の瞳。


「おお、来たか」
「悟浄の知り合い?」
「知り合いっつーか…」


言葉につまる悟浄を八戒が助ける。


「僕らの家の大家なんですよ」
「あんなに若くて?」


それとも見かけによらず年を重ねているのだろうか、と悟空が首を傾げていると、声が降り注いだ。


「忘れ物はこれか」
「ああ、ありがとうございます。助かりました」
「お前らしくもないな」
「そうですか」


悟空の目だけでなくすべてを支配したその人物は、八戒に用があったようだった。
しばらく八戒と話をした後、紫暗の瞳が悟空を捉える。


「なんだ」


不機嫌さを隠さない声に、胸が痛むのはなぜだろうか。
もっと、視線を向けてほしい。
声を、かけてほしい。


「あんた、だれ」
「なんだと」


もう二度と逢えないような。
ずっと昔に逢っていたような。
変な、気分だ。
沈黙を守り続ける姿になにを感じ取ったのか、八戒が間に入る。


「三蔵、彼は悟空です。この店のNO.1なんですよ」


八戒が悟空を紹介すると、三蔵と呼ばれた青年はあからさまに眉をしかめた。


「こんなガキが、か」
「三蔵」


咎める八戒の声も、悟空には耳に入らない。
ただ、不思議だった。
もっと、声を聞かせてほしい。
もっと、視線を向けてほしい。
もっと、傍にいたい。
帰る素振りを見せる三蔵の背に向けて、悟空は声を投げかける。


「また、来てくれよ」
「気が向けばな」


それでもいい。
いつか必ず逢えるのなら。
こんな想いは初めてで。
きっと、どんな言葉を重ねても足りないだろう。




そして、これが出逢い。



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7-mori eyelid (©) Midori Yuki
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