失うことを恐れたら
きっと前には進めない
――それは、愛じゃないよ
小さな子供の声に、我に返る。
窓の縁を叩く雫の音に、雨が降り出したのだと気付く。
(あれは、誰か)
時が流れすぎてしまって。
あの声を聞いたのがいつだったのかさえ、はっきりしない。
(幼い、子供)
『愛は、そんなにも綺麗で、完全なる善じゃない。愛は、独占的で、偽善的で。それでいて酷く、魅力的なんだよ、三蔵…』
知らなかったでしょう、と額の金環を外した子供のあどけない微笑みに、背筋が凍る心地がした。
覚えたのは、強く、激しく、止められない欲望。
手を伸ばせば、きっと、子供は軽く腕の中に納まるだろう。
けれど、自分が欲しいのは、その子供ではなく…。
『三蔵』
柔らかく、春の陽射しのように微笑む、子供。
同じ姿形はしていても。
『愛はね、誰でも抱くよ…欲望と言う形で』
あんなにも冷たい瞳をして笑う子供は、いらない。
(いら、ない)
笑みが、零れる。
そうだ、存在してはならないのだ。
自分が欲しているのは、必要としているのは、あの子供だけ。
ならば、不必要な方は、消してしまえばいい。
(簡単じゃねぇか)
右手に、金属の重たい感触。
機会は、一度だけ。
「三蔵っ」
扉を開けて飛び込んでくる少年は、どちらだろう。
(どっちでも構わねぇ)
指先で、引き金を、引く。
伝わる衝動。
そして、倒れ臥す、小さな姿。
「さ…んぞ…?」
不思議そうな、幼い声。
(あぁ…)
「あぁぁ…っ!!」
声が、彼のものではなく。
愛しい者の声だとわかって。
(壊れて、ゆく)
抱きしめる小さな体は、それでもまだ鼓動を打っていて。
けれど、流れ出る真紅は止まらなくて。
『――愛は、独占的で、偽善的で。それでいて酷く、魅力的なんだよ、三蔵…』
そんな言葉が、蘇る。
あれはそう遠い過去ではないのに。
もう、遠すぎて。
手が、届かない。
【Fin.】
後書
これは、16300hitの朔矢様からのリクエスト、『鬼畜な三蔵』だった、のですが…
どうも…鬼畜、の意味をよく知らない私にはこれが精一杯で…
と言うかこれは鬼畜と言うより狂気?とも思わないでもなかったのですが…ι
こ、こんな感じで宜しいでしょうか?
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2008/03/20 再UP
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