―――人魚はきっと、海の中で本当の恋人に出会ってしまったんだ。
だから、若者の所には戻ってこなかったんだ―――――。
『おぉーい!てーーるーー!!!!』
昼休みの廊下・・・の端から聞こえる大声。
振り向かなくても分かる。アイツだ。
はね学野球部のマネージャーで、喫茶珊瑚礁のバイトウェイトレス。
俺の・・・・”元”好きな人。
いつから好きだった、とかそんなことは覚えてない。
気がついたら好きだった。大好きだったんだ。
・・・叶わない恋だって、分かってたのに。
※※※※※※※※※
アイツが志波のことを好きなのは、知っていた。
なかなか上手くいかず、人知れず悩んでいた事も。
学校で楽しそうに話をする志波と藤堂を見ては、
『やっぱ、お似合いだよねぇ・・・』
とか言って、珍しく気弱になっていた。
俺がいくら憎まれ口を叩いても、チョップをかましても。
俺の大好きな笑顔はそこにはなく、寂しそうに笑う顔だけが、酷く胸に焼き付いていた。
珊瑚礁でもいつもの明るさはなく、どこかボンヤリしてて。
常連客も、じいちゃんも、みんなアイツの事心配してた。
『痛ッ・・・』
『どうした!?大丈夫か?』
目に飛び込んできたのは、割れた食器と両手を染める赤。
大方、考え事でもしながら洗い物でもしていたのだろう。
血の出方からして、そこまで傷は深くないようだったが、
女の子の・・・好きな子の手だからって事を隠れ蓑にして、
ちょっと過保護なくらい手当てをしてやった。
(なんで・・・・なんで俺じゃないんだ。)
手当てをしながら、そんなことばかり考えていた。
(俺なら・・・お前にそんな顔なんか、させないのに。)
俺はもう限界だった。
『なぁ・・・。俺、見てられないよ。』
呼びかけて見上げた顔は、やっぱりどこか寂しそうだった。
『お前のこんな顔見るって知ってたら、俺は引かなかったんだ。辛いならさ・・・もう、やめちゃえ。』
・・・・・・・・。
どのくらいそうして見つめ合っていただろう。
あー・・・とか、うー・・・とか言いながら、困ったように眉を下げて。
アイツが口にしたのは、御礼と謝罪の言葉だった。
『ありがとう、瑛。心配かけてごめんね?瑛の気持ち、凄く嬉しい。
でも・・・やっぱり勝己くんの事好きだし、諦められないよ・・・だから・・・』
(あぁ・・・終わったな。)
勢いに任せて口走った言葉の端に、俺の気持ちを悟ったアイツ。
分かってたんだ、こんな結果になることくらい。でも・・・言わずにはいられなかった。
『そっか・・・・うん、その方がお前らしいよ。頑張れ。・・・・ごめんな?変なこと言って。
俺、お前らが上手くいくように、応援するからさ。なにかあったら、いつでも言えよ?』
『うん。・・・・・・本当にありがとう、瑛。』
そういって笑った顔は、俺の大好きなあの笑顔だった。
※※※※※※※※※
『瑛瑛瑛ッ!!聞いて聞いて!!』
『・・・なんだよ。ってかなぁ、大声で名前呼ぶな。目立つだろ?』
あの後、気まずくなるかと不安になったけど、それはいらない心配だった。
次の日学校で顔を合わせたとき、変わらずに笑いかけてくれたのはアイツのほうだった。
『で、今度は何?何の話??』
『昨日の対抗試合でね、勝己くんまたホームラン打ったんだよ!!』
『また志波の話かよ〜、もう聞き飽きたよ。』
そう言いながら走ってきた相手にチョップをかます。
いったーい!!とか言う声が、俺の肩の辺りから聞こえてくる。
浮かれて話しかけてくるときは、大抵いつも志波の話。
落ち込んで話しかけてくるときも、大抵いつも志波の話。
それも、仕方ない。アイツの”好きな人”なのだから。
恋人とは違う視点で、アイツと話が出来る。それだけでも十分だ。
まだ完全に立ち直ることは出来ないけど、”親友”って立場で見守るのも、悪くない。
※※※※※※※※※
『―――人魚はきっと、海の中で本当の恋人に出会ってしまったんだ。
だから、若者の所には戻ってこなかったんだ―――――。』
小さい頃に聞いたお伽話に、小さい頃の俺が付け足した結末。
じいちゃんには悲しい話だな、なんて言われたっけ。
それでも、アイツが幸せなら・・・・それでいい。
アイツの幸せが、俺の幸せだから。
おしまい。
2008/09/20 雨
後書&感想
こちらも、雨さんから頂きました!
これは、彼女が大好きな大好きな志波君を書いて!とお願いしつつ
更に難題で、片想いが見たい!!とおねだりをしたような…(←超迷惑ι)
ほ、本当にありがとうございました…。
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2009/01/01 UP
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