追いかけて追いかけて追いかけて。
やっと「恋人」にしてもらえた。
けど。
(ーーやっぱりダメだった)
少し前から、何となく気付いていた。
避けられていると。
でも、怖くてとても確かめられなかった。
そんなふうだから、今日のデートに誘うのも、本当はもの凄く勇気が必要だった。
都合がつかないと断られた時は、ちょっとないほど落ち込んで。
それでもまだ、この不安は気のせいだと、信じようとする気持ちがあった。
ーーなのに。
忙しいはずの彼を、街で見かけた。
隣には、可愛い女の子がいた。
振り返って、こちらに気付いた時の、あの顔。
動揺したところなんて初めて見たと思うと、そんな場合じゃないのに何だか可笑しかった。
言いかけた言葉は、何だったんだろう。
結局、聞くことのないままそこから逃げた。
何もかも、覆しようがなかった......。
悟空は、ふと寒気を覚えて時計を見る。
夜の九時。
あれからずっと、何時間も公園のベンチに居座り続けていたけれど、そろそろ家に帰るべきだろう。
両親は旅行中だから、コンビニに寄って何か買って。
無意識に夕飯のメニューを羅列していく思考に、苦笑が洩れる。
どんなにつらくても、腹は減る。
とても健全だ。
家から一分のコンビニで、悟空は明日の朝食と合わせて二食分を買い込んだ。
今夜はもう、ご飯を食べて寝てしまおう。
これからのことは、明日考えればいい。
沈むだけ沈んだから、寝て起きれば、少しはいい考えが浮かぶかもしれない。
ひとまずそう結論を出した悟空は、しかし帰宅した家の前に一つの影を見つけ、思わず呟いた。
「......え?」
そのシルエットは見間違えようもなく。
「三蔵......?」
どうしてこんな場所にいるのかと、悟空は困惑する。
立ち竦んでしまうと、三蔵が歩み寄ってきた。
茫然としている間に腕を掴まれる。
三蔵は無表情のまま、ただ一言、告げた。
「遅刻だ」
何が、と一瞬訝しく思って、悟空は気付く。
顔が強張った。
ほとんど機能していなかった思考回路が、めまぐるしく動き出す。
「そんなんどーだっていいだろ...っ」
かろうじて言い返すが、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
ーー三蔵は悟空の家庭教師だ。
今日も七時から二時間、英語と数学をやることになっていた。
だけど、よりによってこんな時に。
一体どういうつもりなのか、神経を疑う。
「それに三蔵は、女の子とデートで忙しいんじゃなかったのかよ!」
それとも平然として顔を出したのは、「恋人」のことなどもうどうでもいいからなのか。
もともと、無理やり付き合ってもらったのだ。
悟空は英語の長文を読むふりをしながら、ぼんやりと思い返す。
三蔵の嗜好はノーマルなのを、優しさにつけ込んで、押し切って恋人にしてもらった。
一目惚れだった。
悟空も本当は普通に女の子が好きだけれど、そんなのがどうでもよくなるくらい、三蔵に惹かれてしまった。
それがきっと最初の間違い。
過ちの上に想いを積み重ねたいびつな恋は、やっぱり上手くいかなかった。
ただそれだけのことだ。
認めようとしなかったから、こんなことになった。
「......バカみてー」
ノートの上にシャープペンシルを転がして、悟空は椅子の背もたれに思いっきり反り返る。
三蔵が咎めるような視線を向けたが、気にしない。
眼を合わせて、にっこりと笑い返してやった。
「何で俺、言われた通り大人しく勉強なんかしてるんだよ。なあ?」
「......問一は、」
「もういい」
三蔵が言いかけたのを遮り、微笑んだまま悟空は静かに告げた。
「勉強も三蔵も、もうやめる」
宝石にも似た紫暗の瞳が瞠られるのを、どこか小気味よく思う。
しかし、次に悟空の胸に広がったのは自嘲だった。
「安心しただろ」
呟きながら視線を逸らす。
「......本当にそれでいいのか?」
三蔵の声に、感情は見えない。
悟空は眼を閉じる。
ーー本当にいいか?
自分自身に問いかける。
答えはすぐに出た。
ーーいいわけない。
だけど、それしか道はないから。
「......いいよ」
悟空は今度は笑わず、しっかりと三蔵を見つめる。
その瞬間、三蔵の表情が少しだけ歪んだように思えた。
だが、それが何を意味しているのかは悟空にはわからない。
「......わかった。お前がそうしたいなら」
その言葉が、すべてだった。
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